雑感

 設計とは別に思ったこと

新しいページに移行します。20220903

愛なき世界               20220902

 

 三浦しをん氏の「愛なき世界」前編を読んだ。結構分厚いので、後編は少し先にする。笑

「愛なき世界」と本屋で目にすると、少しドキッとする。

 読んでみると安心するのは、主人公の東大らしい大学院で研究を進める女性が、恋愛よりも植物の研究に没頭しているという状況設定だ。

 

「一寸の虫にも五分のたましい」と聞かされてきたように、日本だけかどうかわからないけれど、あらゆるものにたましいを感じたがる性向がある。

 針供養、ということが象徴しているように、鉱物の加工品である道具にまでたましいを感じてしまうのだ。

 僕はそんな心性がいとおしく思えるし、せっかく獲得したものなのであれば、伝えていきたいとも思う。

 

 この本を読んで小さな衝撃だったのは、その研究者主人公が植物には脳にあたる器官がないので、感情、ましてや愛は存在しないと断言するところだ。

 

 設計という仕事をしているから、「蜘蛛の巣」を見るたびに驚嘆する。手ほどきも受けずに、なぜ完成することができるのか。

 蜂は六角形を誰に教わったのか。

 

 話は大幅に逸れるけれど、「魚に声帯がなくてよかった」という文章を読んだことがある。さんま、いわし漁船の阿鼻叫喚。ましてや活き作り。

 

 昨晩遅く、BSで海賊を扱った番組を見た。既に深夜だったのだけれど、地中海を巡るレコンキスタを少し前に見ていたこともあってテレビを消すことができなくて、いかに海賊が残虐だったかといやというほど知らされた。

 僕はその時代に生まれていたら卑怯者だっただろうか。

 

 話が散らばってしまったけれど、善悪・正義・評価、というものに疑念を持った日だった。

帰るのかよ               20220901

 

 昨日、妻が孫の様子を見ようと長女たちの家に出かけた。

 僕は、たまにはマクドナルドのハンバーガーなど食べさせようと妻に話していた。

 スーパーマーケットでちょっとした買い物をして、母子妻4人分のハンバーガーを届けた。

 

 Kが玄関に飛び出してきて「一緒に食べよう」という。

 そのつもりが無かったから自分は別の昼食を考えていたし、車を芝生に乗り入れないといけないので、そのまま帰ることにした。

 Kは小学生になっているから、「車を寄せておけば大丈夫だよ、そんなに車通らないし」などと嬉しいことを言う。

 

 まあそれでも帰ろうとすると、6月に4歳になったRが「帰るのかよ」と言った。思わず振り向くと、真剣な顔をしたRがいた。

 

 Rは、保育園で覚えたのか「オレがやってやる」などと言ったりするけれど、このときオよりレが幾分高くなるのが普通だけれど、極めて意識的にレを下げるのが面白い。

 

 幼くても、文化はあるのだなと思う。

夕方                  20220829

 

 昨日の町田は曇りがちで、昼過ぎには静かな雨も降っていた。

 その後光が差し込んで、夕方写真を撮ってみた。

身の振り方               20220828

 

 以前、誰のエッセイだったか忘れてしまったけれど、「瀬戸内寂聴という大変慕われる作家を、敬遠ばかりせずに読んでみなければ」と思った人がいて、「読んでみて驚いた。最初から最後まで身の振り方しか触れていないのだ」というものがあった。

 先日、近所の書店で遠藤周作氏の名言集のようなものが目に入ったので購入した。

 読み始めて、先の「身の振り方しか話していない」という瀬戸内寂聴さんに対する感想を思い出した。

 

 作品世界とは別の、昭和時代に受けを狙ったエッセイの抜粋だから、これを拾い読みして何かを判断すれば間違うだろう。

 しかし、そうしたことを考え合わせても、徹頭徹尾身の振り方を指南しているところに驚く。

 大家遠藤周作氏は熱心なキリスト教者だから、「あの行い、この行いは神の教えに背いていないだろうか」という自問が常にあるらしい。

 宗教と縁のない僕はとまどうしかない。

 

 キリスト教という、人生のベクトルのような指針があるから身の振り方が判断基準になるのだろうか。

 そうであればこそ、「人生には何ひとつ無駄なものはない」と断言できるのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 昨日は、やはり本を見ながら牛肉とトマト、卵のオイスターソース炒めを作ってみた。

 

 これは大変に簡単なので次回は記憶だけで作れるだろう。

4人前で、

牛肉200g

とまと2.5個

卵3個

オイスターソース大さじ1,5

砂糖大さじ1

酒大さじ1

 これらを炒め合わせるだけ。

 しばらく前に、みりんと酒、しょうゆを適当に使えていた時の

ことを思い出した。

日本の来し方              20220827

 

 「日本は海に隔てられた閉鎖的な農業国家だったのか?」ということを問い直している本を読んでいる。

 著者は、海は人を閉じ込める分断線ではなくて、交通路だと断言する。

 また、長く農民の比率が8割弱を維持してきたという定説も、多くの調査から間違いだと(自らの過ちを認めながら)宣言する。

 百姓イコール農民、という刷り込みが公然と行われてきたけれど、漁業・林業・製塩・鉱業・廻船などは本来百姓に含まれるべきで、実際、地域格差があっても百姓のうち農民が少数であったところは珍しくないと調査結果を報告する。

 徴税の仕組みを作り上げるうえでコメの生産量を基準としたため、残された公文書は土地を所有する農民以外の百姓(水呑み)に触れていないらしい。

 

 稲作が広まって、地域共同体が結束して自給自足を維持してきた、という単一で明快な国家観がこの説では覆される。

 

 もっと動的で野性味があり、ときに猥雑な群衆が日本だったというのだ。

 僕は、「鳴くよカラスが平安京」と間違って覚えたクチなので検証などできるはずもないけれど、視界を広げてもらったという感謝の念を覚えた。

 

 以前読んだ福岡ハカセの「動的平衡」のように、生物は必ずしも同じ方を向かずに、混沌の中から明日を紡ぎだすのだとすれば、楽しい気分になる。

 

 僕の場合、こうした本はブックオフでなければ対面のチャンスが無いわけで、本好きが神保町などの古本屋に通う気持ちが少しだけわかった。

レシピ                 202b20826

 

 僕にはずっと気にかけていたことがあって、それは「楽器と料理が不得手なこと」だ。

 極端に劣っていると思うほどではないけれど、思うようにいかない。

 それでも、何か月か前に記したように、カラオケでは元気に自由に歌うことを覚えて、うまくなったわけではないけれど楽しめるようになった。

 

 今日は、「ビギナー向け料理本」を見ながら作ってみた。

 生姜とにんにくで香りをつけて、あとは豚肉を炒めて砂糖と味噌で味付けするという単純明快なレシピ。

 これはトッピングということで、厚揚げに載せたら美味しかった。

 これだけ単純だと、レシピに張り付く必要はなくて、心にゆとりが生まれた。

 進歩したと思うのは、厚揚げに豚肉載せでは不十分だから他に何を加えようかと考えたこと。笑

 それが楽しい。

 

 うまくいったかどうかは別として、こふき芋とアスパラガスのマヨネース炒め、チキンブイヨンに玉ねぎとベーコン、豆のスープを思いついた。

 僕は食事の支度がほんとうにたまのことなので、いつでも初回のような気分だった。それはこれからも大きくは変わらないとしても、少しでも蓄積できればアイデアも浮かぶのかもしれないと思った今日。

 

 最近ずっとヘミングウェイ短編集を読み返していたので、今日は遠藤周作氏の名言集のようなものと、村上春樹氏の短編の読み方、という文庫本を買ってきた。勉強勉強・・・(^.^)

食べる                 20220820

 

 何週間か前、ふらりと立ち寄った長女と孫たちに妻がそうめんを

用意した。

 それは二人だけでは見慣れない量で、少し驚いた。

 自分がもう充分と思った時、Kが「あとは僕のね」と言い、それはさすがに・・と思っている目の前で、たいらげた。びっくり。

 

 男性でも女性でも、たくさん食べられる人へのあこがれがある。

 むしゃむしゃ、ガシガシ・・・格好良いなあー。

 上の写真は昨日の朝食と夕食。それなりに美味しかった。

 

 若いころに勤めていた会社の経理課にHさんがいて、背が高いけれどとてもスリムで、静かな人だった。

 ある日、珍しく僕は一人で駅前の「南洋亭」という中華料理店で昼ごはんを食べていた。そこにHさんが現れて、大盛チャーハンとラーメンを一気に食べて出て行った。驚いた。

 まだ大食いのようなテレビ番組がないころ。

 

 さすがにその時は「格好良い」ではなくて「燃費はいかがなものか」、と正直思った。

 そう、筋肉と食事量が連動してほしいのだ。(ほっとけと言われそうだけど)

 

 KとR、僕に似ずに細身だけれど、アフリカに居る動物のような、俊敏で大飯ぐらいの若者になってくれ。

若い経営者               20220819

 

 関西で、コンテナ建築3棟の設置工事が始まった。

 仲間が写真で様子を送ってくれた。本来は、立ち会ってドキドキしたり快哉を共有できる立場なのだけれど、コロナ禍が関与してそうはならなかった。残念。

 それでも、電話が何度も鳴って情報共有できたから、一緒にいるような気分も味わえた。

 全体では3棟で、明日も緊張が続くから、楽しみだし不安でもある。

 昨日はかなりの雨だったらしい。一転した真夏日はこちらからは心配事だけれど、現場からの声は元気そのものだ。(^.^) 写真はコンテナ製造社長の四家さん。

 

 基本計画は建て主である建設会社さんがリードして、僕はコンテナ建築としての調整を担当した。その中で、やや身勝手に写真での左上部の開口を勧めた。

 若い経営者親族は、こころよく受け入れてくれた。「楽しみだ」という言葉を添えてもらって。

 この写真で見る限り、けっこう、効いてくるのではないか。楽しみだ。

カレー店補足               20220817

 

 好きなカレー店で落としているものがあったので補足。笑

 おいしいカレー店はたくさんあるので、選び出そうとするほどの知識も経験も持ち合わせない。

 ここに並べた店は、ほとんどが長い歴史を持っていてファンが多く、僕も繰り返し食べたくなる店だ。初めて食べてから、長いもので40年余り、短くても10年以上か。

・・・他にもハイチとかローリエとか何度も通ったけれど・・・

 

 二度と食べられないのは、花小金井だったか何小金井だったか、あるいは他の駅前にあった学生向け食堂の、薄切り豚を使った黄色くてグリーンピースが載せられたカレー。期待通り冷水のコップにスプーンが刺さって運ばれてきて、見た目は「まあ、そうだろうな」だったけれどすこぶるつきにおいしかった。新しい発見・・20年以上前。

 きっともう無いし(当時だってすごいポンコツ店舗だったから)、まして何駅だったか。

 

 画像を並べてみて、自分でも面白いと思うのは、これらの多くはシェフがカレーを始めたのではなくて、ある日カレーを作ってみようと思い立った人たちのものであることだ。(最近は見栄えに傾く店もあるけれど、始まりにあった、何かを伝えたいという欲求が浸み込んでいる)

 

 私見だけれど、コーヒーをおいしく入れることと、スパイスを楽しむことは似ているのではないか。(更に似ているのは寡黙なこと)

 

 少しだけ残念なのは、カレーに合わせられる酒がみつからないこと。もちろんご飯を省略すればおつまみ足り得るからこれは応用が効くけれど、画像のようなカレーでは見つからない。

 紅茶やジャワティー、コーヒーは良いけれど酒ではないし。

 

 希望は、アルコールの甘みをほぼ完全に打ち消す薬草の入った、苦み勝ちで小さな気泡のあるもの。常温でOK。そう、中東に響くアザーンのような酒・・・そんなものある訳ないか。イスラムの人に叱られる。

好きなカレー店              20220815

 

 カレーライスは、国民食と言われるように老若男女を問わす日本人の人気メニューだ。

 

 少し前に、「ハウスバーモントカレー」のルーが冷蔵庫に眠っていることを思い出して、子供向けカレーを作って孫たちに届けた。

 たくさんできたから、僕も自宅でそのカレーを食べた。辛味を補えば結構おいしい。

 

 ご当地カレーとか、カレーフェアとか、欧風・インド風・ココナッツ系・そば屋風・スープカレーなど、どんどん派生して写真が無ければ選べなくなった。

 

 例えばインド人シェフが作るとしても、ピンからキリまでかなりの幅があって、一喜一憂することになる。

 加えて人気チェーン店の、トッピングウィンナーなどを見ると帰りたくなった。

 

 そこで自分はどんなタイプのカレーライスが好きなのかと自問すると、「喫茶店カレー」に行きついた。

 この場合の喫茶店とは、ナポリタンとかサンドイッチを提供する喫茶店ではない。レコードを良い音源で聞かせていて、飲料の他にはカレーしかない、という店だ。(カレー専門店を含む)きわめてシンプルで静かだ。(ちょっと例外もあるけれど)

 ああ、見ていたらもうれつに食べたくなった。

幸福祈願                 20220812

 副題 傍目八目

 

 傍目八目、というのは、熱心に将棋を指している二人を眺めている(実力拮抗が前提)人には、八手先が読めるということを言っているらしい。

 僕の解釈では、勝負の利害に関係がなくて、静かにみている人は洞察力を存分に発揮する、ということだと思っている。

 

 想像だけれど、サッカーでゴールを積み重ねられる、あるいは絶命かと思われるピンチを回避できる選手は、人並外れた欲望とこの冷静さを併せ持っているのではないか。

 妻方の姪の結婚式に昨日参列出席した。

 30歳前の結婚式で、新郎の音楽仲間が主人公で大変活気があって楽しかった。

 

 披露宴の前の式では、渋い感じの(失礼)神父様が執り行ってくださったけれど、後半、「一同みなさま、目を閉じて祈りの姿勢を」と呼びかけた。

 「目をつぶったまま、大切な人の顔を思い浮かべてください」・・・「感謝の気持ちが浮かび上がりませんでしたか?」

 僕は、家族・両親×2・家族の伴侶・孫・と思い浮かべたとき、「ほほ笑んでいましたか?」と神父様の声。

 その通りだった。

 

 式と披露宴のあいだ、中庭で記念撮影に盛り上がっているときに撮ったのがこの写真。(トリミングしている)

 

 自分の長女、長男の結婚式では余裕が無くてこんな視線はなかったと思う。それが傍目八目か。笑

(写真は妻長女に送ったのみだけれど、タイトルは「誓いの日の空」 僕の誓いも昇華していると希望して)

 

 神父様を含めて、ひとの声を聴くことの大事さを感じた日だった。

拒否の仕方                20220810

 

 先月初めに転倒して一か月と少しが経った。お医者さんにスルーされる程度だったものの、まだ違和感は残っている。

 痛いことと、自由に食べられないことの辛さが身に染みた。

 

 日本各地で水害などが多発していて、田畑が直撃を受けたり、浸水や住宅損傷、肉体的痛みを受けた人はもちろん、経済的にも精神的にも痛みを受けた人に思いをはせたいけれど、簡単ではない。

 

 少し逸脱するけれど、同時に思うのは、災害反対と叫ぶ人がいるだろうかということ。備えしかない。

 

 

 戦争反対、安保反対、改憲阻止・・・

 

 半世紀も聞かされてきた呪文のようなスローガン、僕は、思いつきだけれどこっちの方が正直ではないかと考えた。

 

 戦争、破裂、出血欠損、嫌だ

 

 国境線に意味があるのか、誰のために自らの血を流すのか、という疑問(少し浮世離れかも)にスポットライトが当たっている。

 

 プーチン氏や習近平氏は、怯えながらも全能感に酔っているのだろう。地球儀と歴史書をながめて自らの一手を打ちたがっている。

 

(でも、疑問を呈したい。

彼らの指揮系統末端で、行われたかもしれない拷問に、彼らは耐えられるのか。)

 

 彼らのために僕は痛みたくない。さあ日本、どうする。

 僕が思いつくのは、日本企業の所有する技術を発展途上国に無償提供すること。そんなことをすれば、日本の貿易収支は落下するかも知れない。それでも、世界の枠組みを転換する契機になるかもと思うから。

 

 私的転倒から世界のパラダイムシフトまで話が超〃飛躍しました。しかも稚拙に・・・泣 

カルボナーラ               20220807

 

 僕は1959年生まれで、1964年が東京オリンピック開催年だから、首都高や新幹線をはじめ、テレビの普及やマイカーの浸透など、ひとつひとつ覚えていないけれど高度成長と共に歩んだ気がする。

 少し時間を後にして、繁華街に少しは出かけるようになった大学生時代、そのころ、「壁の穴」というスパゲッティの専門店が流行った。

 それまでは、一般的にスパゲッティというものはミートソースとナポリタンに集約されていたけれど、壁の穴では、しそやたらこの和風のものや、ペペロンチーノなどのメニューも当たり前に展開されて、少なくないインパクトがあった。

 

 ただ、そのころ、「すかいらーく」などのファミリーレストランも急成長して、車の免許を取った僕たちはあちらこちらに出かけるようになった。

 だから、壁の穴は印象的であっても、突出はしていなかったように思う。

 まだ、カルボナーラはさほど知られていなかった。

 

 数年後の僕たちは、一か月ほどのイタリア滞在で、カルボナーラに出会って繰り返し注文するようになった。(妻はときどき)イタリアは何を食べてもほんとうにおいしかった。

 きっと今は、その差が縮まったかあるいは肉薄しているのかも知れないけれど。

 それでも、イタリア料理がどれだけ生活に密着して磨かれてきたかを思えば、ありがたいと思うしかない。

 

 話は今に戻って、何日か前、生クリームを使ったカルボナーラを作ってみた。

 美味しかったけれど、それは見た目がぶさいくで、「カルボナーラ」ってこんなだったかと思わされた。

 

 そこで再チャレンジしたのがこの写真。

 ほんとうは卵黄だけを使えばもっとそれらしくなるようだけれど、卵白のその後の使い方に知恵がないので無理をせず。

 隣の野菜皿は頑張った。多種の野菜とシーチキンソース。

 悪くない。

篠田桃紅展               20220806

 

 虎ノ門にある「菊池寛実記念 智 美術館」で、「篠田桃紅 夢の浮橋」展を見てきた。

 美術などの嗜好はとても私的なものだから、気安く勧めたりできないけれど、もし篠田桃紅氏に興味があるなら必見だ。

 なぜかと言えば、この展覧会は巡回するようだけれど、「智 美術館」こそ篠田作品がもっとも自然に納まるところだからだ。

 

 加えて、この美術館の美しさ、心地よさがある。

 スウェーデン大使館やホテルオークラなど、落ち着いた建物が集積する中に、静かに力強く存在感を示している。

 設計が坂倉建築研究所で、施工が清水建設と水澤工務店と聞けば、建築関係者ならその出来栄えに関心が高まるはずだ。

 

 僕は10年ほど前、この美術館の隣の建物に通勤する機会に恵まれて、とても華やいだ気分だったのだけれど、この建物を目にしながらも入ったことがなかった。危ないあぶない。

 展示方法も見事で、昨日金曜日の昼前で、教室3~4室分のスペースに10人ほどの熱心な(ほとんどが女性)見学者だから、作品の静謐な気配に没入することができた。

 

 

 鑑賞後、妻が虎ノ門ヒルズビジネスタワー3階にある、虎ノ門横丁を覗きたいというので、出かけて安くておいしい中華料理を食べた。

 お腹いっぱいになってから京橋に移動して、長男が詰めている新築現場の様子を見たあと(まだ地下工事なのでゲートが開くときにちょっとだけだった)久しぶりの都心を後にした。途中、下北沢で再開発に属するコンテナハイブリッド商業施設も見られたから、なかなか充実した一日になった。満足。

 妻と話したのは、やはりコロナで引きこもりがちの日々が長かったから、精神的にも体力的にも弱含みになるので、積極的に出かけようということだった。

荒野食ならず              20220802

 

 一昨日日曜日、妻が出品作品回収で横浜に出かけたので、遊びで夕食を作ることにした。 歩くには少し遠いところに「ロビア」というスーパーマーケットがあって、他の近くの店より肉類が安いので車で行ってみた。(ワインも安い)

 僕は、半分虚勢だとしても、ファミリーレストラン「フォルクス」のようなステーキが好きだと言ってきたけれど、それはバーベキューとして美味しくても、ゆっくり食べるのならもう少し落ち着いた牛肉が望ましい。

 かと言って、霜降りは高いしそもそも食感の期待が違うので、地味な和牛を購入した。

 

 目論見は荒野を感じさせる牛カツ。

 

 僕の日常では、カツといえば豚肉なのだけれど、以前、牛カツで感激したことがあった。

 食べた瞬間に、埃っぽい、乾いた景色が広がって感激したもので、いつかチャレンジしたかった。

 その時、食べた後に判断したのは、カカオパウダーによるコーティングではないか、ということだった。

 だから今回、牛肉をたたいて塩コショーした後、カカオを満遍なく塗った。

 

 その後、レシピ本にあるように衣を融き、パン粉をふってフライパンで焼いた。

 

 妻はとても美味しいと言った。少し砂糖を加えたトマトと玉ねぎのソース(付け合わせ?)も貢献してくれた。

 

 隣の小さな皿は、作り置きされていたものを集めた。

 

 結果的に、荒野は出現しなかった。

 それでも僕は、以前一口食べて感じた荒野を忘れられないので、またいつかチャレンジしよう。

 ビターチョコレートを溶かすか?

孫と熱海                20220731

 

 先週、妻の計画で孫たちと長女合わせて5人で熱海にでかけた。

(お父さんは普段から子育て熱心なので、今回は趣味のバス釣りに   

 リリース。笑)

 孫は新幹線に乗りたいと言うし、車で行くにはチャイルドシートが窮屈だから、新横浜からこだまに乗車する。

 Kは鉄道好きで、最近はサッカーにはまっているから話題は尽きない。(こだま285㎞/h、はやぶさ320㎞/hを学習)

 一緒に風呂に入り、隣り合ったベッドで寝たりが楽しい。

 弟のRも愛嬌たっぷりで、歩いているとき、すっと後ろから近づいて手を握ってきたりするのが良い心地。

 

 熱海駅から砂浜へは結構な高低差がある。長女がそれを望んだので実行したけれど、正直、腿がパンパンになった。

 長女は子供たちにリュックを背負わせたけれど、それは名分のようなもので、本人の荷物は重い。それでも4才にったばかりのRを抱っこする時間が短くない。自分の若い時はどうだったか、はっきりとは思い出せず、子育てさ中の両親は強いな、と思った。

 

 ああそうだ、思い出した。

 長女が園児のころ、真夏のディズニーランドに行って、アトラクションに抱っこしたまま2時間あまり並んだことがあった。プラスマイナスゼロか、笑

 翌日は、MOA美術館に寄って、熱海駅前の二筋の通りを巡って帰路に着いた。

 今回まで知らなかったけれど、熱海駅舎はラスカになっていて、大人であれば横丁を分け入った店の探検もしたくなるけれど、小さな子供連れの場合、ラスカは衛生面で大変ありがたかった。

 

 次、への期待が膨らむ。

読後感想                20220725

 

 3日前に購入した2冊の読後感想。

 

重松清氏 「旧友再会」

 見逃し三振、という気分。一度もバットを振っていないのに、「アウト!」と告げられたような。きっと相性がすれ違っているのだろう。

 

川上未映子氏 「ヘヴン」

 とても緊迫して読ませてもらった。氏の熱量がすごくて引き込まれるけれど、宙に浮いたエンディングの背後で、それぞれ描かれた登場人物がどうなったのか気になる。

 きっと、そんなことをまとめたり説明することを拒否したのだろうけれど、やっぱり気になる。

 う~ん。

 

 「ヘヴン」に夏の描写が多くて、つられて思い出した一場面。

 

 小学校に上がる前だったか後だったか。

 育った家の畳の部屋に、腰が低くて開け放しになっている窓があって、そのレールの端っこに、小さなハエを見つけた。

 陽が当たっているところは眩しくて、影との境界線が明瞭な真昼ころ。

 僕は、銀玉鉄砲を買ってもらっていたことを思い出して、忍び足で探しに行って戻った。まだ居る。

 しゃがんで、音を立てずに、息も殺して近寄った。

 これ以上近寄ったら、鉄砲を近づけたら、警戒されて逃げられるという数十センチの距離で、息を止めてそっと撃った。

 

 銀玉は、あっけなく数センチ外れたけれど、小さなハエは少しも動じなかった。すでに死んでいたのだ。

 

 呼吸と時間が止まった一瞬。あふれる光のなか。

 僕はがっかりもせず、「死んでいたのか」と思った。

祝宴                   20220723

 

 ここのところ更新が連日。面倒?笑

 今日は、少し前に記したように、義父の13回忌を4名で参って会食した。

 陽射しの強さを気にしながら、僕自身は先日購入した日傘をさしつつ、お墓掃除をして感謝と祈りをささげた後、中華料理店に向かった。

 

 小田急線町田駅そばの、特に目立つ店ではないし、兄弟でなければ誘う感じではないけれど、僕たち夫婦は好んでいる中華料理店で、結果的においしく食べて満足できた。きっと彼ら夫婦もそうだったと期待する。

 

 その会食中、来月結婚式を挙げる妻の妹の娘さんのドレス合わせの写真を見せてもらって、新しい風を感じた。幸せを体現している。

 

 世界は今日も美しく動いている。

床屋                   20220722

 

 今日、金曜日の午前中、床屋に行った。午後を待って雨が上がってからと思っていたのに、それは意外に早かった。

 

 30歳のころに自分で髪を切り始めて(けっこう解放された気分だった)じきに妻に手伝ってもらうようになり、その後はすっかりお任せになった。

 

 長女の結婚式のとき、妻は理髪店に行くべきだと言い、来てくださった方への礼儀なのだと理解できた。ずいぶん久しぶりに出かけて、その後も長男の結婚式や別のイベントでも床屋に行くようになった。

 

 50代のころは、頼りなくなる毛髪に何か対策はないかと育毛剤など2~3回購入したことがあったけれど、いつ頃からか興味を失った。身びいき(?)に言えば、自己評価が外部視点から内部に移ったとも言えるかも知れない。つまり、若く見られたいという欲求が消えたのだ。

 

 そんな状況で、今日床屋に行ったのは明日が義父の13回忌だったから。集まるのは妻姉妹と夫の4人だから、小さなものなのだけれど、義父母への挨拶だし。

 来週、長女家族と一泊旅行に行くことも後押しした。

 僕が小学生のころから4台の席を減らさない床屋で、少しの世間話をした後、書店に立ち寄った。

 冷気を腰に感じながら、書店独特の腸の緊張を押さえつつ、購入したのがこの2冊。

 相当な人気作家なのだと知っているけれど、購入するのは始めてで、まだ開いていない。

 

 いろいろな人の知恵を、素直に積極的に吸収したい。

ごぼうと牛肉               20220720

 

 ごぼうのささがきなるものに、今日初めてトライした。意外と楽しい。味付けは微妙なので妻に任せたけれど、達成感は得られた。笑

 先週の水曜日、僕が転んだ一週間後、家の近くのファミリーマートの駐車場付近で倒れている高齢男性に遭遇した。

 最初は事態が把握できなかったけれど、声をかけると結構な傷を負っていた。その場所のすぐ先のお医者さんに向かう途中と聞いた。手を貸してどうにかなる状況ではないし、通りかかって助けてくれたおっさんも同意見だった。

 本人の意識ははっきりしていて、ご家族は奥さんだけで体調はかならずしも万全ではないらしい。

 

 自分が転んだのが一週間前だったから、その後に各科を受診することは老夫婦では無理だろうと思って救急車を呼んだ。

 僕は、消防署や救急隊員のファンだ。多くの場合快活だし、仕事に取り組む熱意や覚悟が感じられる。

 ただ、このお年寄り転倒では、10分余りもたって現れた救急車には、あきらかに僕が過剰反応しているという表情が見て取れてがっかりした。しかし、あの出血と擦過傷を負って本人に何ができるかと思う。頭も打っていそうだし。バス、タクシー、予約、検査、処方箋、消毒、手当て・・・。食事と睡眠。

 

 僕は、彼に20年後の自分を見たからこんなことを記しているのかも知れない。リアリティーがそこにあると思った。

(救急車が、その場に30~40分とどまっていたことも付記したい)

なぜ。

保留する国日本            20220717

 

 ええっとこれは、自国を批判するのではなくて、将来、孫たちの日本がどんなかな、と心配する気持ちからのものです。

 

 最近になって、主要国で唯一成長がみられない国が日本だ、という指摘が相次いでいる。

 30年賃金があがらない特殊な国だから、いまさらとも思うし、ではどうすれば、という説得力のある意見に出会った記憶がないのが僕の印象。

 ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、イギリス、モンゴルやペルシャ、もっとさかのぼって中國の覇権など、長短はあっても栄華を極めた国が必ずしも現在の繁栄を誇っていないのなら、日本も甘んじるほかないのだろう。

 それでも、競争に敗れるのは仕方がないとして、競争のスタートラインに立たないのは深刻に感じられる。

 

 安倍元総理が凶弾に倒れた場面、警護に不足があったとすれば非常に残念だけれど、それを過失とすればその後の県警、警察庁の対応は組織自体の能力の低さを示しただけと思われる。(東北大震災直後の東京電力のようだ、トップの適性が間違っている)

 

 ファックスがコロナ事態把握の障害になり、マイナンバーカードの導入を政府の策略だと報じる一部マスコミ。安倍元総理に弔意をあらわす半旗の掲揚に周辺諸国の反応をうかがうリーダーたち。なぜ。

 

 参院選に惨敗してもいっこうに組織改編に動かない野党。重鎮たちが世代交代を阻んでいるのだろう。次の世代までの自己保身、あるいは生活の糧。(敗れることを前提に安住できる異様さ:既得権そのもの)

 

 僕は、そんな時代の牽引者に近い年齢だから、何分の一かは我が事としなければならないはずだ。何をすべきかわからずにいるけれど、保留の先は崖かもしれないとイメージしたい。

江ノ島                20220717

 

 小雨だった昨日、江ノ島に出かけてみた。

 傘をささない人がいる程度の雨で、普段のまぶしい日差しとはまた違った江ノ島だった。

 

 橋を渡ったあたりで食事することも考えていたけれど、やはりここまで来れば海を眺めたい。

 灯台からこんなに距離があったっけ?と言いながら、途中の風景は馴染みのあるものだから思い出しながら歩いていた。

 

 目的の店に着いて、「何かすこし変わったね」などと言いながら窓辺の席について、店が違うことに気づく。

 何度か行った富士見亭の屋根がすぐ下に見えたのだ。そう言えば、手前にある魚見亭は混みがちで、まずテラス(大変に狭い)などに着けないから、一段下の富士見亭に行っていたわけで、雨で空いているから勘違いしたのだった。

 まず生ビールにイカの丸焼きを食べて、生しらす丼と江ノ島丼を注文する。ああ、おいしい。

 

 帰りの雨に濡れた階段で、すべらないようにと注意をはらったのは言うまでもない。笑

須田敦子全集             20220715

 

 ここ数日、枕元にあるのは須田敦子全集第3の文庫版だ。

 僕は須田敦子氏を知らなかったけれど、安野光雅さん、小川洋子さん、福岡伸一ハカセその他の方々のエッセイで、美しい文章という視点にいつも挙げられることを目にしてきたので、10年くらい前にネットで購入した。

 最初は人気を博した小説で、じきに全集の存在に気が付いて、なぜか第三集を求めた。

 

 全8巻あるなかの第三集で、600頁くらいあるから結構なボリュームだ。

 須田敦子氏は1929年生まれだから、年齢では僕の30年先輩になる。大学卒業時の第二次世界大戦直後に、貨客船に40日間揺られてイタリアに上陸したらしい。

 エッセイ的な短文は、ローマ、ミラノ、ベネツィア、それにフランスの街々を行き来した若い日本人の記録でもある。

 

 ミラノで、文化意識の高い人たちが運営したらしい書店をきりもりする男性と結婚するも、30代の若さで死別する。

 

 この第3巻の後半では、夫を亡くした直後にベネツィアの片田舎にあるリド島を夏休みに訪ねた記録がある。

 それは友人のドイツ人女性から誘われたもので、しかし出かけてみると想像とはまったく違ってますます自己に潜り込んでしまうようだ。

 

 少し意地悪かもしれないけれど、そうした傷心から余裕を失っている日常が、むしろ空気感を際立たせていると感じた。

 

 話は日常に戻って、昨晩は、トマトソースとマッシュルームのペンネ、それに皮ごと食べるブドウとカットされたパインのサラダにした。

 

 誰かに勧める内容ではないけれど、結構おいしかった。

 ペンネにしたのは、まだスパゲッティを噛み切る口の動きに自信がないため。やれやれ。笑

転倒前・後              20220712

 

 先週の水曜日夜(21時ころ)、自宅近くのアスファルト坂道で転んだ。まず膝を着いて、荷物が無かったので両手で支えようとした姿勢が悪かったらしくて、回転して左顔面を打った。

 妻と一緒だったので、帰宅後に驚かせることは避けられたけれど、それなりに痛んだので翌日救急診療当番を探してもらってレントゲンも受けた。(発熱があったのでPCR検査を義務付けられて、これは幸い陰性だった)

 お医者さんからすると興味の湧く傷ではないから、適当にあしらわれた。

 それでも、こめかみから顎にかけて、まして唇は笑ってしまうくらい腫れたから、本人にはダメージがある。

 数日は麦茶と流動食しか口に入らなかったけれど、今日、二度目の歯科医受診でようやく落ち着くことができた。

 

 まったくの偶然だけれど、今日のその歯科医での僕の予約の次が孫たちの定期検診で、治療室で静かにハイタッチをした。看護師さんや事務の女性が一気に味方になった気分。笑

 

 今でもあちこちが痛むから、本人は笑いごとではないけれど、考えようによってはこの程度ですんで良かったとも言える。ほんとうはもっと軽いのが望ましいけれど、ダメージがあまりに小さいと忘れてしまいそうだ。

 だから、お酒の飲み方、体重管理、日々の行動規範(おおげさ)に戒めが残るように、「転倒前・転倒後」と記憶に刻みたい。

 

 ものが口に入らずに、寝返りをするにもあちこちが痛むと、ついつい病人の振る舞いになってしまう。

 妻の通信指導や施設での教室準備にも影響したので、今日の孫たちとのハイタッチのあとスーパーに寄って買い物をしようと思った。

 牛肉切り落としをさらに小さくして塩コショウで焼いたものと、あとは袋から出して並べるだけ。クラフトビールは新しい親族が送ってくれたもので、美味しかった。

 痛みが喉元過ぎるとビールを飲む人間だけれど(それでも一週間は忘れていた)、転倒前・転倒後そのものは忘れないようにしたい。

海を望みたい 続            20220704

 

 誰の行いが良いのか、昨日の小さな集まりは激しい気温も雨も避けることができた。

 Y君は翌日が役員会で資料を作らなければ、と13:00に駅に向かったけれど、他3人は由比ガ浜の海水浴場に行った。

 もちろん、海につかるつもりはみじんもなくて、海の家でもう一杯飲むため。

 

 水着姿のひとたちには陽射しが物足りなかったかも知れないけれど、靴をはいた僕たちにはちょうどいい。

 一杯と言わず、Yさん以外盃を重ねて、それでも15:40ころ鎌倉駅に着いた。

左:江ノ電連結部に乗った。中:蕎麦店松原庵。右:海の家でビールを注文するK(背中)。

海を望みたい             20220701

 

 なぜか、僕が設計に携わった建物は海に近いもの、あるいは遠くを望むものが多い。

 大きなビルとしては、六本木一丁目の神谷町へ下るばかりの丘の上のものがあったし、兵庫の旅荘は海からすぐそばの、円山川河口部中州状の土地にあった。

 七里ガ浜のN邸は鎌倉高校前駅から見上げた崖のてっぺんにあって、全面を海に開いたリビングからは相模湾と江ノ島に手が届くようだった。

 

 横須賀秋谷T邸はリビングからも書斎からも海を遠望したし、直接海が見えなくても逗子海岸そばや、鵠沼海岸公園そば、鵠沼羽鳥には潮の匂いが届いた。

 

 石垣島の商業施設は県道をはさんだ先が砂浜で、未着工のA邸は川平湾を望む配置だったし、これも未着工とはいえ沖縄古宇利島O邸はあの美しい橋を眼下に収めた。

 ほかにも塩釜港そばや、湘南台、小豆島で海が目の前だったり、最近は浦賀ドック跡地もあった。

 

 喜連川では、緩やかな丘の上部にG邸があって、水平線のように遠く山並みを眺めた。

 

 

 そんな記憶もあってか、最近急遽決まった高校時代の小さな集まりに、江ノ島の海側崖地最上部のお休み処と記されるような店を希望した。(焼きイカとビールが旨い)

 賛意を得られたので喜んでいたら、この猛暑だ。

 その行き帰りでマニア以外の人を歩かせるわけにはいかないと、また急きょ変更して由比ガ浜の古民家蕎麦店にした。

 込み過ぎていて入れない恐れもゼロではないけれど、その時は由比ガ浜海岸に出てみよう。

 

 マリンスポーツに縁が無いけれど、見晴らしのよいところは気持ち良くて好き。・・・という話。長々とすみません。

視点                20220627

 

 少し前に、大谷選手のホームランを伝えるニュースで、「その軌道を横から見たらびっくりしますよ」という発言があった。

 確かに、テレビ中継はピッチャーの後ろ、センターからか、キャッチャーの後ろ、主審の位置からの角度がほとんどだ。

 

 僕はサッカーの試合をテレビで見るとき、つい、目はボールを追ってしまう。でもこれは、昨今のお笑い番組隆盛のようなもので、ただ安きに流れていると言いたくなる。サッカーを味わいたいなら定点観測が面白い。

 例えば、左サイドバックの長友選手が90分を通じてどこにいるのか。少なくとも、少年にサッカーを教えるならゴールシーンなどさして重要でない。

 

 快感は、ゴールではなくてその前の仕掛けなのに。ああ、DAZNですら答えてはくれない。

 

 ゼレンスキー大統領がどこに立っているのか。バイデン大統領が何を考えているのか。僕に見えている風景は。

貿易風               20220626

 

 今日は天気予報通り、南風が強い。

 散歩で風にあおられながら、片岡義男さんの小説を思い出した。

 

 ひとつは、モーテルの駐車場でラジオの周波数を調整して普通の人々の会話に聞き耳を立てる青年。なぜか、映画の古典的名作「12人の怒れる男たち」の一場面、アパートの一室でヤンキースの実況ラジオを手放せない男につながっている。

 

 もう一つは、短編のなかにあったアメリカ中西部の少女。

 高校生らしい彼女は、西海岸のラジオ周波数を探して、思いをめぐらす。キーワードは、貿易風。

 

 僕は、その、架空のふたりの心情にあこがれる。「思いをはせる」 ということに。

夏至 5:30              20220620

 

 数日で夏至。つまりここ数日はほぼ夏至だ。

 一昨日、昨日と朝5時に目が覚めて散歩に出てみた。こんな時間は初めてだし、散歩自体先月まであまり出ていなかった。一昨日より前も朝が早くて、睡眠時間が4時間程度だったので、昨日の午後は眠気で気絶するかと思った。笑

 一昨日は高低差散歩で、それを続けて膝に負担がかかってもよくないので、昨日は恩田川平地散歩。それぞれスマートフォン写真に立ち止まりながら、1時間半くらい歩いた。

 

 昨日は玄関を出たときに道が湿っていたから、少し前まで小雨が落ちていたのだろう。草木が色鮮やかだった。

 

 少し前にポルトガルの老人を羨むことを記したけれど、半分撤回したい。高低差散歩は犬を連れた数人、朝早い通勤通学の人たちとすれ違うだけだけれど、恩田川はおばあさん達のにぎやかなこと。川をさはんで「お久しぶりー!」、数人が並んで歩いて世間話に夢中だったりして。朝の空気が。(僕が闖入者か。)

 ピンクの花を撮っていたら、後ろに立ち止まる気配があって「この花の名前をご存知?」と、かなり高齢の女性。わからないと答えると、「ずっと気になっていて」と言い残して離れていかれた。こういうおばあさんもいる。

わくわく              20220617

 

 原田マハさんや西加奈子さんの本が続いて、楽しいけれどもう少し柔らかい物語が読みたくなって、ブックオフに寄った。

 頭にあったのは浅田次郎さんのようなイメージだったけれど、氏の「あざとさ」のようなものは常に気になるので、(長編は読んでいない)また別の出会いはないかと期待して。

 

 表紙が見えるように陳列されている棚の前を通って、「出絞と花かんざし」のタイトルと絵にひかれて他の作家と一緒に購入した。

 作者は佐伯泰英氏で、僕は時代小説に疎くて知らなかったけれど大変な量の作品が並ぶようだ。「同心シリーズ」というような展開をしている作家だと知っていれば、きっと買わなかっただろう。

 読み始めてみるとあっという間に引き込まれて、食事が終わればそそくさと移動してページを開く感じ。(妻が今その状態 笑)

 寝る間も惜しんだから一日あまりで楽しみ切った。

 

 学生のころの、五木寛之氏と片岡義男氏を読んでいる時間を思い出した。内容はまったく違うけれど、わくわく感という意味で。

 小説が広義の意味で作品であることに異はないとして、そこに新しいものや発見を求める場合と、エンターテインメントとして楽しみつくす場合が僕の場合はある。

 しかしながら、振り返ってみると、五木・片岡両氏に限らず、純粋にのめりこんだ方が教えられることも多かったような気がする。

 

 次が読みたくなってまたブックオフに出かけた。(その時はじめてシリーズ作家ということを知った)

 出絞・・と同じようにシリーズからは離れた比較的新しいものを購入したのだけれど、前の本の興奮があるうちは読み始めたくはない。

 それもわかっていたから、同時に買ったのが池澤夏樹氏。

 これもとても面白いけれど、短編に区切られているから睡眠時間を削らなくてすむところが休まる。

居た 喜         20220610

 

 右の写真は10年近く前に撮ったもので、雑感にも記録した。それをなぜか覚えていて、最近探してプリントして壁に貼った。

 当時から、こういう動物は居たよなあ、と思っていたけれど、最近テレビで「これかな」と見かけたので、南米、高地、哺乳類、で検索すると簡単にリャマに行きついた。そう、アルパカではないと思っていたのだ。

 リャマは高地で険しい地形に棲んでいる気がする。なんだか高貴な感じがするし。

 

 以前、「昼の青空の先の星が見えるか」というフレーズに喜んだことがある。

 僕の独創だと思いたいけれど、きっと似たような文章にヒントを得て自分なりに加工したのだと思う。

 10年経過して、ここ数か月ストレスになっていた仕事も良い方向に向かったら、またリャマが我が家に降臨した。

 

 ひとは、見たいものだけを見る・・・と雑感でも何度か記したけれど、僕は相変わらずその域にとどまっている。でも、こうしてリャマが見える日もある。

 

 今日、孫のR君の誕生日に、2か月はらはらした確認済証3棟分を受け取ってきた。喜 R君は、妻の届けたケーキにろうそくをさしてこの上ない笑み。喜

関西出張             20220603

 

 兵庫県の進行プロジェクトで、消防署に説明と書類訂正に出かける必要が生じた。これが済めば「待ち」の状態になるので、この際と思って関西を少し歩いてみることにした。消防訪問後に妻と合流することにして。

 

 姫路では、姫路城の天守閣まで登って、ふもとの茶店でたこ焼きの「明石焼き」を楽しんだ。ついでに注文したおでんがみな大ぶりで、夕食はアナゴのフライと刺身盛り合わせが精いっぱいだったけれど、美味しくでうれしい。そんな気分でお腹一杯なのに、つい立ち飲み屋に。

 

 大阪では、道頓堀を探検して、ガイドブックで人気店と紹介されている老舗たこ焼き店とお好みき店をはしごした。

 昼食を2回とるなど記憶にない。笑 体重のことは考えないことにする。

 

 あべのハルカスに移動して、その後大阪城も訪ねた。ホテルにチェックインして、当初は食べログなどで検索したお店があったけれど、たいして食べられそうにないので近くの居酒屋に落ち着く。しかしここがおいしくて、結局またおなか一杯に。

 

 翌朝は、風呂と朝食をすませて8:30に京都に向かった。

 目的地は広隆寺と東寺。仏像が見たかった。

 

 妻は帝釈天がお気に入りで、僕は持国天。そんな楽しみ方もありそうだけれど、少し冷静になれば、ただその存在感にひれ伏すばかり。なにしろ帝釈天も持国天も風、その他をはらんでいるのだ。

 僕はスマートフォンのバッテリーの関係で電源オフの時間帯があったけれど、妻の歩数から多少割り引いても一日2万歩近く。

 天守閣に登るはしごのような階段上り下りと、駅構内の階段を含んでだから、腿がわなわなした。

 暴飲暴食のわりに体重の増加が想定内だったのは、この運動量のおかげか。

ベンチ              20220526

 

 テレビの旅行番組でのポルトガルの印象は、通りや広場のベンチに座るおじいさんおばあさんの姿だ。

 あまりに偉大な歴史を持つせいか、あるいは隣国が巨大なスペインであるためか、おそらくその両方の理由でポルトガルは老成した国に見える。

 ポルトガル全体がとは思わないけれど、坂の多い景色が紹介されがちで、おじいさんおばあさんは座りながらにして遠くを眺めやることが出来ているようだ。

 

 小学校低学年のころ、開発途中の空き地がそこここにあって、それは恰好の遊び場だった。

 日が暮れる前に、友だちのお母さん一人二人が、「晩ごはんよ」と友だちを呼びに来たシーンを覚えている。落ち着いていて豊かな時間だった。

 

 ここ数日、陽射しがあっても暑すぎず、風が吹けばさわやかな時があった。

 昨日、散歩の帰りに家の近所の小さな公園に寄った。    

 これは、何十軒かの住宅開発にともなって確保されたものだ。児童公園的なものは置かれずに、写真の通り小さな藤棚とふたつのベンチがあるばかりだ。

 何度も寄っているけれど、一度幼い子を連れた親子を見ただけでひっそりとしてい る。まあだからこそ、僕などが気兼ねなく深呼吸ができるのかも知れない。

 それでも、ポルトガルの老人と日本の老人をとりまく環境の差を感じざるを得ない。

 

 もともと日本人は、縁側や路地裏など家族と他人の中間的な場所を上手に使いこなしてきた。老人は本来そこを棲み処にしてきたはずだ。

 行政が管理の手間を理由にベンチを置きたがらないのは理解できるとしても、僕に言わせれば本末転倒だ。ベンチの管理費は医療費増大のほんの一部分だと思うから。

腹を抱えて               20220516

 

 かまた君の思い出を辿っていたら、高校時代に飛んだ。

 

 僕が腹を抱えて、涙をながしながら声を出せずに、痙攣するように笑ったのは多摩川の河原だった。

 

 僕が通学した都立立川高校には、いくつもの伝統行事があって、その一つが体育祭の応援合戦だった。

 10月の体育祭に向けて、4月の終わりには応援団が組織されて、キャンバスと呼んだ、幅7メートル×高さ4メートルくらいの構造物の前で団舞する。キャンバスは、木と針金の枠組みに電話帳や新聞紙を半年かけて貼り重ねていくという、高校生でなくてはできないイベントだった。

 1学年8クラスを4チームに分けるもので、3年生は参加が一部なのでそれぞれ170人くらいの構成だっただろうか。

 

 入学時に、市民ホールを借りての新入生歓迎会が開かれるのだけれど、その終盤、突然照明が落とされてタスキをかけた集団が舞台と客席通路を埋めた。統率されて館内に響き渡るエールの声に僕は感激して、きっと応援団に加わりたいと思った。

 

 いざ参加してみると、想像以上にキツイ練習だった。

 直立から膝を少し曲げて、その分後傾して両腕を水平より少し上げる姿勢。右足を一歩前に出して卍型のように前後の膝を直角にして右手を水平にあげる姿勢。今だったらほんの少ししか持たないもの。

 スパルタがどの分野にも残っていたので、先輩2年生の指示は過酷で、遅刻する仲間がいると、それらの姿勢を10分20分と強制された。夏休みの練習では、詰め襟学生服の背中に塩が浮き上がった。

 それで、本番を迎えて頑張ったら僕たちDG組の優勝だった。先輩に感謝。

 

 2年生になって応援団を組織しようと相談を始めたら、普通十数名いるはずの経験者が数名だった。その中で、昨年優勝しているのは僕だから団長になった。

 

 EBチームは1年生12~13名が手を挙げてくれて、確かかどうかわからないけれど、最後まで離脱する人はなかったのではないかと思う。僕は、団長の特権としてスケジュールを決めることができたから、夏休み中の練習を他チームの半分に減らした。権威ぶった3年生から非難されたけれど、なぜかまったく動じなかった。

 出席率50%の30日より、出席率100%の15日が良いと。

 

 さて、前段がとても長くなったけれど、僕が腹を抱えて、しかし声をだせずに笑ったのはこの夏休み練習のとき。

 多摩川で、先に書いた姿勢を一年後輩たちに強制した。真夏の炎天下で伝統のように学ランの背中を白く染めた彼らは、横一列だから誰の姿も確認できないまま、一人二人と泣き出してそれは全員に波及した。みな姿勢を変えずに。

 手は、水平など確保できずに落ちてくる。それを、なぜか顎を持ち上げて支えようとする。そして、学ランに届く涙を流しながら仲間に「がんばれ」と声をかけ続けた。

 

 僕は腹の底というかどこからかわからない感情に突き動かされて、彼らの背後に回って笑った。笑うことが自分でも衝撃だった。

ただひたすら美しかったから。  

 

 団長としての独善的な振る舞いが正しかったかどうか判断することはできないけれど、女子チームの活躍もあって彼らは当然のように優勝したし、その翌年、僕が3年のとき、4チームに分かれた全員がまたも涙を流しながら集まって来てくれたのだから、きっと良いこともあったはずだ。

 みんなありがとう。

旧友                  20220515

 

 一昨日、友人が企画した大学時代の仲間の社長就任を祝う小さな集まりに出席した。6名。

 その中には大手ゼネコンの執行副社長に就いた人や、これは前に記したけれど、建築学会文化賞を受けた友人もいて、ある意味気後れしても仕方のない状況だけれど、学生時代の記憶が勝るから遠慮もなにもない。

 そこで話そうかと思いながら、接点のないひともいたのでしまっておいた鎮魂。

 

 かまた君は、30歳を迎える前に自死した。夕食後に、ふと出かけると言って、家族のもとに帰らず、海からの帰宅になった。鹿児島の、地元有力者である設計事務所を継いで、お子さんにも恵まれて順風満帆に見えていた。なぜ海に入ったかは奥さんも驚いた状況だったので、きっと誰にもわからないだろう。

 今回のお祝い発案者のいしざき君は、川内市も訪ねて弔いに力を注いだけれど、論評のようなことには応じない。

 

鎮魂エピソード1

 学生時代、「あらみ、とんかつ好きか?」と問われ、「大好きだ」と返事した。すると、「とんかつの旨い店はたくさんあっても、キャベツの美味い店を知っているか?」と聞き直してきた。

 「急には思い浮かばない」、「じゃあ俺のアパートに来い、すぐそばにその店があるから」、「おお、そうか」

 出かけてみると、それはふわふわで、キャベツとは思えない美味しさだった。驚いた僕に、かまた君は横からのぞき込むようにして「どうだ、旨いだろ」と言った。

 

鎮魂エピソード2

 みなが社会人あるいは大学院生になったころ、かまた君から仲間に上京するという連絡があった。それなりに早い時期に設定されていた飲み会は、道玄坂を登り切ったまだ先の店で、全員がなんとかたどり着いた風だった。

 たどり着いたと言いたいのは、横殴りの風雨が尋常でなく、JR線も止まりそうだったからで、しかもウィークディなのでひとりずつメンバーが減っていった。うめざわ君とかまた君、僕の3人になってしばらくして、「じゃあ、そろそろ帰ろうか」と言ったら、なんとかまた君は「どこに泊まったらいい?」と聞き返してきた。「こ、これが御曹司というものか!」

 それから、うめざわ君と一緒に店の電話を占拠してホテルにかけまくった。結局、何も見つからず、タクシーを呼ぶことにも難儀して、最後にたどり着いたのは新宿区役所そばのカプセルホテルだった。

 台風だったかどうか、翌朝は青空が広がって、かまた君は「晴れたね」と言った。

 その時、一緒に苦笑したのが今回の社長就任祝いの主人公、うめざわ君だ。(ダンスクの盛り皿をくれた人)

 かまた、天国で元気か。

護憲・改憲               20220504

 

 僕は高校生のころに読んだ記事で忘れないものがあって、それは

「履き古したジーンズやシャツの青年の尻ポケットに、折り曲げられた朝日ジャーナルが突っ込まれているのがカッコいい」という内容だった。

 ロックミュージックに象徴される束縛されない自由な世界を望みながら、体制には対抗するという意味で、「おお、そうなのか」と感心した覚えがある。

 

 そこにあった共通理解は、「二度と周辺国に被害を与えてはならない」ということだったはずだ。実際、国力には格差があった。

 ところが、そんな牧歌的な時代は過ぎ去って、被害をこうむりかねない国になっている。

 

 今回のロシアによるウクライナ侵攻で、にわかに日本も軍備増強を考えるべきだ・・・という意見が散見されるようになった。共産党は、逼迫すれば自衛隊の力を投入してもよいかも・・などと言い出している。

 

 そこで常に論議の対象になるのが、憲法9条の扱いだ。

 批判を恐れずに言えば、共産党や他野党の多くは、護憲を自身の生活の糧にしてきたとしか思えない。

 なぜなら、国民の命を護るのならば時々刻々と対応するのが当たり前なのに、そんな提案を一度も聞いたことがないからだ。

 

「本心はどこにあるのか?」

 

 まずは、「スパイ防止法」を国会に上程して欲しい。

北海道                 20220429

 

 先日、北海道に行ってきた。

 コロナ明けのゴールデンウィークは結構な混雑が予想されるから、日ごろから曜日の無い僕はこれを避けない手はない。

 

 北海道は何十年も前に一度行っただけで、それも仕事がらみだったからある意味初めての北海道ともいえる。

 その時は札幌と小樽を中心に、ホテルや飲食店を見て回った。だから、今回は登別温泉・十勝川温泉・えりも岬を巡るツアー。

 

 ツアーは八重山諸島に次ぐ2回目で、探して調べて動く旅行も好きだけれど、今回のように息抜きが目的のときは大変重宝する。実際問題として、八重山は船と車を乗り継ぐし、北海道は移動距離がとても長いので、2泊程度ならツアーがらくちんだ。

 上の写真が日高山脈を背景にした支笏湖で、えりも岬風の館、新冠のサラブレッド育成牧場。

 えりも岬はすごい霧で何も見えなかったけれど、南下、北上の海岸線は印象的だった。

 ふたつの温泉は、比較材料は多くない前提で、とても柔らかい湯で何度でも行きたいと思わされた。食事はどこもおいしい。

 

 広いということは時に退屈だけれど、とても気持ち良い。

大人の対応               20220427

 

 「大人の対応」という言葉があって、それは子供と違って我を出さずに全体に奉仕する・・・という意味かと思う。

 僕の場合は、こういうところでは辛辣なことを言ったりするけれど、基本的に争ったり対立することは避けたい性分なので、大人の対応と自賛したい気持ちがありながら、結果的に「気弱な対応」なのかも知れない。

 

 ここしばらくTVを見なかったので、ウクライナ政府公式サイトに、「1945年に敗北したナチズムと全体主義」という見出しの中、ヒトラーとムッソリーニ、昭和天皇の写真を並べたという記事を今日読んだ。

 

 第二次世界大戦をどのようにとらえるかは、個人個人に委ねられるべきだろう。だから、違った評価があってよい。

 しかし、ウクライナ政府は、抗議が寄せられると慌てて削除して釈明に努めたらしい。まるで喜劇のようだ。

 

 日本政府は、遺憾の意を伝えながらも支援は継続するという。これも、僕は賛成だ。ただ、大人の対応ばかりでなく真剣に怒るべきだと思う。侮辱という埃は完全に振り落とさなければならない。

 

 

 昨日飛行機で、斜め前の人のモニターで「鬼滅の刃」を見た。音声無しで。これだけの人気なのに、僕は何も知らない。それでも、誇りと愛の物語なのだということはわかった。

ポケットに手              20220412

 

 ロシアのウクライナ侵攻のニュースで、民間人虐殺のあったブチャをゼレンスキー大統領が訪れた映像を見た。

 ゼレンスキー大統領は、部下を従えて荒れ果てた光景を前にして、両手をズボンのポケットに入れていた。大平正芳なら跪いただろう。

 

 アメリカのインタビュー番組などを見るとき、敬うべき相手の前で椅子の背に体を預け、足を組む姿に驚くことがある。

 日本とは文化が違うし、日本でも最近は許容されるのかとも思うけれど、少なくない日本人は違和感を覚えるのではないか。

 

 今回の戦争(侵略)がなぜ勃発したかは明確にはわからないけれど、結果的にアメリカの代理戦争となっていることは疑いがない。

 加えて、戦端を開いたその場に、ゼレンスキー大統領がいたことも間違いない。それでポケットか。

 

 アフガニスタンでは、アメリカ軍の若い、というより幼い、兵士が恐怖のあまり動くものに反射的に自動小銃を撃ったと読んだ。

 

 きびしい。明日のわが身ではないのか。

 

 僕たち世代は、ガンジーの非武装主義「方頬を打たれれば、もう一方を差し出せ」を繰り返し教わり、ここに高邁な真実があることを感じている。しかし、ガンジーはその終結に向けてどれだけの人的被害を、数として、想定したのだろうか。

 その、人的被害の一人になりたくないというのは正直な思いだ。まして家族・親族であれば。

いいね!                20220402

 

 仕事のスケジュールが少し動いたので、一昨日は孫たち母息子と歩いて行かれる公園でおにぎり花見をした。(僕だけ缶チューハイ 笑)

 それで、昨日はこの新年度で孫Kが小学区入学、Rが幼稚園入園なので、長女家族4人と僕たち夫婦は近所で評判の高い中華料理店で小さなお祝いをした。

 先月から今月は、卒業式入学式で華やいだ雰囲気が感じられる。

 

 僕はかねてから、このシーズンに着飾った女性に、「きれいだよ」という意味の言葉を投げかけたいと思うのだけれど、イタリアでもあるまいし、変なおじさんと思わせるのも気の毒なので、実践したことはない。

 明らかに彼女たちは時間をかけて準備して、その瞬間を謳歌して誇っているのだから、声を発してもよさそうなものだけれど、やっぱりできない。こちらが複数ならまだ気安いと思っても、そういう似た感性の男は多くない。

 まあある意味、僕の限界なのかも知れないけれど残念だ。

 

 今日、散歩がてらワインなどをスーパーマーケットで購入して歩いているとき、反対側車線に見たことのない車が追い付いてきて信号で停まった。

 すごいオンボロで、外装ペンキも剝がれているのに、エンジン音は確かだ。二人乗りで、昔、富士重工が作っていた小さな車サイズに近いけれど形は明らかに違う。気配としては、小さかった時のミニクーパーを2/3にした感じで、40~50の男性が一人で乗っていた。

 

 じろじろ僕がみていたから、運転者がこちらを見た。その時、ワインの袋を持ったまま親指を立てて持ち上げた。

 彼は静かに口角を上げて笑顔を作った。信号が青になって走り始めたとき、エンジンはより逞しく鳴っている気がした。

 

 それで思い出したのは、やはり近くのコンビニエンスストアで相当に古い車を見かけたときに同じことをして、その時は運転者が破顔したことだ。

 

 小さな小さな幸福の瞬間だけれど、男にしか振る舞えないなんて。・・・

大平正芳総理              20220330

 

 僕は学生の頃、明るい時間に扉を開けたとき、たまたま大平正芳総理の急死のニュースに出くわした。「ふーん」と思っただけだったのに涙が零れ落ちて動揺した。

 少しも関心が無くてどんな人かも知らなかったのになぜだろうと。もちろん、「あー、うー」という答弁は見ていたけれど。

 

 ゼレンスキー大統領が世界中の礼賛を受けている様子を見て、ますます好きになれない自分がいる。

 それはきっと、知らぬうちに大平首相に親愛感を持っていたこととちょうど逆の感情だと気付いた。

 

 まあ、これはこの雑感にしか記せない内容かも知れないけれど、僕にとってはとても重要だ。

 先日の話に続ければ、もはやフェイクか非フェイクか、理性的に判断するのは期待できない気がする。

 

 大事なのは自分の心の手触りなのだ。きっと。そして、この場合の心は、気持ちを開放できる環境、ひとりきりか、家族親族との時間で計るものだろう。きっと。

手触り                 20220323

 

 南伸坊さんというアーティストを知っている人は多くないだろう。

 僕は、高校2年のときに、ざら紙でスタートした月刊宝島で不思議な存在感を発揮していることに驚いた記憶がある。

 でも、その連載では、嵐山光三郎さんや片岡義男さんも異彩を放っていたので、筆頭ということではなかった。

 

 その後、赤瀬川源平さんのへんてこりんな集まりのメンバーだったりしているところを見かけた記憶があるけれど、ご本人が描いている通りおむすび頭ばかりが記憶だった。

 最近触れた、原田マハさんの「楽園のカンヴァス」も大変楽しんだけれど、一枚の絵はまだ途中ながら知らなかったことが多くて、それを知ることで視界が広がっていくことに快感がある。

 

 芥川龍之介の河童は枕の脇に少し前からあって、原田マハさんの一枚の絵の影響か、誰が表紙を作ったのだろうと思った。

 カバーの裏側に南伸坊とあって、嬉しく驚いた。うーん。

 

 養老孟子さんの、鎌倉の家に線画で馬と鹿を描いている番組を見たことがあった。なんだか楽しそうでうらやましい。

フェイク2               20220321

 

 羽鳥さんのモーニングショーで見かける、九州の公立高校からハーバード大学、ジュリアーノ音楽院で学んだというバイオリニストを紹介する記事を読んだ。

 印象深かったのは、ハーバード大学では社交性こそ習得すべき能力とされていたという話。学生の間で「学業、社交、睡眠、この内2つしか得られない」と、言い交されていたらしい。もちろん、あきらめるのは睡眠とのこと。

 

 似ているかどうか、以前勤務した会社の社長は、大学ではないけれどIBMの研修制度で、数週間アメリカで過ごした経験を振り返って話してくれた。「寝るのは数時間だった。常にレポートの提出を求められるのに、みな、ゴルフやテニスを断らないから逃げる訳にいかない。能力が拮抗すれば体力勝負なんだ。」

 

 この二つから僕が読み取るのは、「しっかり主張すること。それができなければ相手が正義になる。」ということだ。

 

 ウクライナ侵攻の結果はまだ見守りたい。もちろん、民間人を狙撃するロシア軍、それを無いこととするプーチンの行く末は悲惨だとして。

 

 僕が今思うのは、隣国韓国と懸案になっている慰安婦問題と徴用工問題、そして中国が主張する南京大虐殺(30万人と中国は主張)だ。

 何が正しいか、僕は判断できないけれど、子孫に暗い影を残さないために正面から論争してほしい。体力で負けないように。(この場合の体力は国民の体力だ)

 慰安婦となった人の苦しみや悔しさに目を背けることはしないし、中国で虐殺行為が無かったと思わない。しかし、特に徴用工問題は個人的に看過できない。ちゃんとテーブルに載せよう。

 

 やはり思うのは、話し相手の体力や圧力に五分五分で対抗してこその論議であるべきだということ。それが唯一子孫への説明の立脚点になる。

 

付足:安倍元首相の「美しい日本」という言葉にがっかりしたし、その頃発表された新憲法草案にはあきれた。ちょっと・・・

痛い痛い!               20220320

 

 辛いと痛いは、同じなのか。

これは辛い。

市販されているとは信じがたい。

子供が食べたらひきつけを起こすかも知れない。注意書きはあるようだけれど。

 

何度か記したように、僕は辛いものが好きだけれど強いわけではない。それでも。

 

これがどれだけ辛かったかというと、二口食べて椅子から立ち上がった。どうしようと言うのではなくて、立ち上がらざるを得ないという感じで。

 手元にあった麦茶に、逆効果だと知りつつも助けを求め、やっぱりもっと痛くなったので沈黙のまま困っていると、妻が「牛乳?あ、でも無いから豆乳」とフォローしてくれる。

 その後、言葉を発するまで数分間。

 

 そのまま捨てるのは良心も痛むし、冷めればまた違うかもという期待もあって数時間後に麺を2本食べた。痛い。痛い。

 

 こんなもの販売していいのか。僕が弱すぎるのか。

 

 激辛を完食する番組が好きだったけれど、本当にもっと辛いのか痛いのか。たぶん、もう見ない。勝手にやってください。

(パッケージ写真見るだけで汗が出てきた)

フェイク                20220318

 

 小学校3年生のいつだったか、最寄りの私鉄駅改札を通り抜けたとき(普段は一人で電車に乗ることは少なかったはずだけれど)「生きる意味なんてないのでは」という疑問が心に浮かんだ。

 それは幼いなりに衝撃的で、ずっと忘れることはなかった。

 

 大人になれば、生きる意味はいざ知らず、生きる価値を見つけ出そう・・・ということに落ち着くけれど、子供には誰もそんな知恵を与えてくれなかった。

 

 その後、「あなたの見ている赤という色が、隣の人の赤と同じか確かめる術がない」という指摘を読んだ。これも小さな衝撃だった、

 

 二日前だったか、夜更けの番組にAIを駆使した映像を紹介するものがあった。ドガの自画像やダリが喋り、トランプ元大統領やオバマ元大統領の演説は、英語の唇の動きに疎いこともあって、まずフェイクだと気付かないと思った。いや、もちろん唇もAI処理後なのだけれど。

 

 どんな世界になるのだろう。

 

 

 ロシアのウクライナ侵攻を訴えるウクライナの映像に、ずっと小さな違和感を持ち続けている。フェイクとは思わないけれど、カメラマンと配信側の意図の匂いが付きまとうのだ。今日はロシア兵の銃撃で左腕を失った9才少女のコメントがあって、それは、僕の能力の限界かも知れないけれど、理解しがたい立派さだった。

 

 ゼレンスキー大統領が、アメリカ議会でオンライン演説をした。「真珠湾攻撃や、9.11テロを思い出してください」という場面で耳を疑った。日本の国会でも演説するのなら、再現して欲しい。

 

 太平洋戦争終結直前の、東京他無差別爆撃と2度にわたる原爆投下を知らないはずがない。それに、ウクライナはソ連崩壊後は別として、原爆投下直後に日ソ不可侵条約を一方的に破って、何十万人という日本人をシベリアに抑留し、北方領土を奪った、そのソ連の主要エリアでなかったか。

 

 ゼレンスキー大統領をヒーローに担ぎ上げるのは自由だ。しかし、この演説に日本の誰も声を挙げないのは、AIのフェイク以上のフェイクに見える。悲

 

 また感情あらわですみません。良い明日を。 

出張メモ                20220316

 

 先日中国出張の写真を貼って、その前後でいくつかの出張写真をかえりみた。せっかくだから、ここに残しておこう。

 上左の写真は、大連の工場のもの。ここでメジャーを当てながら、時に言い争いになりかねない時もあるけれど、彼らは大人なので納めてくれる。仕事は超迅速で、もし営業所開設を大連か東京か迷う人が目の前に居たら、僕は100%大連を勧める。

 能力でなく必死さの違いで。彼らは仕事に飢えている。ぼんやりした奴は消えていくばかりなのだろう。

 

 その右の写真は、中国スタッフが選定してくれた火鍋屋さんのもの。中国が3大料理大国なのは疑わないけれど、末端までおいしいかと聞かれたら疑問符がつく。まあ、単なる塩や油加減の好みかもしれないけれど。

 

 最後の写真は、前回部屋を写したホテルの朝食。海外に出るたびに思うのは、朝食の目玉焼きとベーコンの違いだ。なぜ日本は・・・と毎回思う。

 この写真は、愛媛県松山市に出かけていたころのもの。現場は松山空港から車で40分くらいで、道後温泉は松山からも空港からも近かったから、何度か訪ねることができた。

 国際コンペで何度も受賞しているカメラマン建て主が、松山空港で「鯛めし」を教えてくれた。言葉をうしなう絶品。

 

 感激したものの、空港内にあるチェーン店を評価できないこともあったので、かなりの範囲をレンタカーで動きながら「鯛めし」を食べたけれど、名古屋駅新幹線構内の「味噌煮込みうどん(名古屋コーチン)」とは違って、味も値段も同等だった。と思う。

 最後の写真は、石垣島出張のもの。常宿としているホテルの朝食会場と、部屋、それにある日の朝食。

 ただ、この朝食選択は自分でも信じられない炭水化物の行進。僕は食べ物を残したくないので、きっと完食しただろう。覚えていないけど、

 まあ、両端に写っているスプーンと箸を見ると、プレート自体がさして大きくないとも考えたいけれど、なんだクロワッサンとベーグルとは・・・泣

新聞紙面                20220314

 

 ごくたまに、暗い時間に目が覚めたとき新聞配達のバイク音を聞くことがある。家の前の道は突き当りで階段になってしまうから、僕の家に朝刊を届けてくれる人は十数件のポストに放り込んでもおかしくないけれど、ベッドで聞いている限りすぐにUターンする。

 その不確か情報で新聞の購読率を判断はしないけれど、同じグループと想像できる資源ゴミ回収では、我が家とは違う新聞社が1~2軒あるばかりだ。

 

 インターネットを使わない母が毎朝新聞を読むからとり続けているけれど、妻はネットだし僕も熱心に読むのは数日に一回程度だ。   

 そのくらいの接点だけれど、数年前から新聞紙面のチラシ感は見過ごせない気がしている。

 それは、テレビ番組と同じか、それ以上の劣化だ。

 もちろん、自由な経済活動だから、新聞社を責めたいのではない。ただ、値上げしてもよいから気持ち良いものを手にしたいのだ。

 多分、定期購読していない人が見たらあきれると思う。青汁広告が見開き全面を使って、乳酸菌100億個という文字が一面トップの見出しより大きいのだから。(そんな広告が、例えば紙面30頁のうち半分を占めている)

 

 同じ文脈で触れたいのがBS放送。BS1と3以外はショップか韓国ドラマ、ああいや、NHKでも韓国ドラマ多数。

 

 コロナで数年出張できていないけれど、中国のホテルでは一般放送で100チャンネル以上が視聴できて、探した経験では日本のニュースは50番目チャンネルくらいだった。

 もちろんその番組連の完成度や質はわからないけれど、日本の放送法や電波法が機会を奪っているのなら亡国政策だ。

 まだ今のところ、無理をしないでもこんなホテルに泊まれる(^.^) 

建築士小説               20220311

 

 横山秀夫さんの2019年の文庫化小説「ノースライト」を読んだ。建築家と自称することをためらう一級建築士が、渾身の住宅を完成させたのに、建て主が失踪するというミステリーだ。

 僕自身がこの業界のどこまでを体感しているか問われないとして、小説家が一業種である設計関連に携わる人間の息遣いを描いて見せる力に、小さな違和感がなくはないけれど、大いに感嘆した。

 

 僕は殺人事件から始まる小説を拒否したいから、ミステリーとは縁が薄い。それなのに書店で手に取ったのは、友人INB君に読んでみたらと勧められた短編の記憶が強かったからだ。読み進んで、ある場面にさしかかったとき本当に震えた。

 その震えた短編小説の題名は忘れてしまった。記憶にあるのは、選者がいて、3㎝くらいの厚さに相当数の短編を集めた文庫本だったことだ。

 さて、そのノースライトを読んで思い出したエピソードを書きたかったのが今回の雑感の動機なのだけれど、その前にINBさん、稲葉なおとさんの小説を紹介しておこう。100倍くらい楽しいので。

 

 で、エピソード。

 この雑感のメニューのひとつ上にある「宿(休息する龍)」の設計着手時のこと。

 

 ある日ある時、建て主とその関係者と共に、関西では有名なゼネコン設計部に乗り込んだ。発端は建て主がそのゼネコン設計部の対応に不満があったからで、僕は救世主になれる可能性があった。

 1時間から2時間程度の会議で、十余名が居並ぶ敵地であることも忘れて問題点を指摘して改善の可能性を問うた。

 

 結果的に僕たちの事務所が設計することになった。ゼネコンの営業役員の方が穏健な収集を図ったためだけれど、誤算は設計を譲るから施工はこれまで通りに、という暗黙の約束を建て主が数か月後に反故にしたことだ。彼らには立つ瀬がない。

 でも、わがままばかりではない。2割も低い見積を全国規模の大手ゼネコンが提示したのだ。僕は、関西の非常に小さな設計業界で母校の評判を落としたらしい。まあ、面と向かって言ってこられない人たちの話だけれど。

キエフの街角              20220310  

 

 グーグルマップでキエフを散歩してみた。ほんの少しだけれど、とても整然としていてかつ清潔な印象が強かった。僕の経験では、最近の日本以上に埃を感じない場所は珍しいのではないかと思う。    

 なぜプーチンは・・という返事の得られない問いかけと同時に思うのは、手触りや時間を慈しんで味方にしようとする試みを放棄する理由だ。

 もし仮に、ここしばらく勝利に酔ったとしても、リアリズムで考えれば、いずれ地獄に落ちるしかない。こんなに勝ち目のない虚しい暴挙も珍しい。狂ったのか。

 

 ワイドショーなどで、ゼレンスキー大統領は国民の命を一つでも救うために妥協すべきと発言する雇われコメンテーターも居たけれど、「手触りと時間」こそが生きる意味だと感じたことはあるのだろうか。少なくとも、太平洋戦争の日本を引き合いに出すのはやめてもらいたい。双方に失礼だ。

 

 感情をあらわにしてしまってすみません。楽しい明日を。

モデルナ                20220307

 

 一昨日、日曜日にコロナワクチン「モデルナ」を受けた。

 昨日、妻は高熱で体が痛いと言っていた。僕は、若い人ほど反応が大きいと聞いていたから、「自慢してない?」などとふざけていたのだけれど、昨晩寝る前に、頭が痛いものだから、最近の腰痛はあちこちに波及するなあ・・・などと思っていたら、今朝、体中がバキバキだった。おお副反応!!妻は「遅い」とひとこと。

 体温は、普段と変わりないと思っていたのに38度。

 

 記憶を辿るに、体温が38度を超えたのは小学生の時と、10年ほど前のインフルエンザくらいだったから、重大事のはずなのに気づかないことこそ老化か。涙

 

 さて、遅まきながらも副反応を示したということは、抗体ができたとみなしてよいだろうから一安心。副反応がひどいから今日は仕事をしないと宣言してこの雑感。

 

 自分で描いたものとしては気に入っている絵を3枚、仕事部屋の地下に置いているのだけれど、そこに陽が当たっていて少し驚いた。陽射しをたどってみると玄関の小さな窓らしい。断面図をいくら描いてもわからない偶然。

 ついでに昨日の朝食写真を一枚。最近は全粒粉というパンを食べている。おいしい。!(^^)!

キッチンカー              20220303

 

 BSをつけっぱなしにしていると、時々「ストリートキッチン」という番組に出くわす。

 世界各国の昼食を中心にして、キッチンカーや開放的な路面店を取材するものだ。人気店を探すからおいしそうなものが多くて、中南米や中央アジアなど、郷土の味を誇っているオーナーの働きぶりが気持ち良いし楽しい。

 

 今日は横浜市役所に出かけて、新市庁舎と運河の間にキッチンカーが何台か出ていたけれど、どちらかと言うと弁当屋さんだし、エスニックとかではなかったので寄らなかった。駐車料金も高いし。

 

 昨日の晩には、そうした番組が頭にあったからか、豆料理が食べたくなったのでブラジル料理を検索して作っていた。

 

 キドニービーンズを中心に、牛肉とベーコン、ウィンナーを煮込んだものと、じゃがいも、プレーンなスパゲティ。

 うんうん、エスニックだ。笑

日曜日                 20220302

 

 一昨日の日曜日に、久しぶりにレシピ本を見ながら食事を作った。いくつかの完了検査や着工スケジュールにどきどきさせられていたから、こんな時間がうれしい。

 

 本をめくって、これにしてみようかと思ったのが牛肉を混ぜたお稲荷さんとグレープフルーツのサラダ。

 選んだ動機は簡単そうに見えたからなのだけれど、稲荷ずしは想像とまるで違って苦闘した。

 

 最後は妻の助けを借りて完成した。

 慣れていれば少しも難しくないのかも知れないと思っても、油揚げをやさしく下ごしらえしながら・・・計量もそれなりに面倒・・・ 牛肉とか人参とかスナップエンドウなど鍋がたくさん必要になる。

 おにぎりの延長線ではなかった。

 

 とりのささみと水菜、グレープフルーツのサラダは塩とオリーブオイルだけの味付けなのに、とても美味しかった。

 月曜火曜は、同じ本からキャベツの肉巻きや豆乳と鮭のグラタンなど(妻による)。

 

 ウクライナのニュースがなければもっと美味しいのにと思う。

午前6時                20220222

 

 午前6時起床というのは早いのだろうか、それとも当たり前なのだろうか。

 僕は夜12時前に寝ることはほとんどなくて、午前1時くらいが多いからそれなりに早い気がする。

 

 明るくなって目が覚めても、それからもう一度夢を見るのが好きだから、と言っても楽しい夢は滅多にないけれど、たいてい二度寝する。(本当は8時間寝たい)

 でもここしばらくは、後から眠くなってもその時寝ればいいや、と活動を開始したりしている。

 着替えて、コーヒーを入れて、というだけだから、今朝などは6時15分に机に着いた。

 

 居間兼食堂のカーテンを開けたら、青い時間のすぐ後らしい柔らかな空のあかりが漏れ入ってきた。

 伊予柑が美しいと思ったので、地下にスマホを取りに行って写真を撮った。

 

 器は、30歳すぎくらいに友人の結婚祝いをしたときに、お返しでもらったものだ。包みを開けたときはそのコントラストに多少驚いたけれど、後から大変気に入って、妻も大好きだからずっと愛用している。